子どもの瞳に映るもの

今週上映するニ作品は、両方とも監督自身が育った故郷を舞台としている。

『亀も空を飛ぶ』の監督バフマン・ゴバディはイランのクルディスタンの町
バネー出身のクルド人。
『サラエボの花』の監督ヤスミラ・ジュバニッチはサラエボ出身で、
弱冠32歳の女性監督。
本作がデビュー作となる。ボスニア紛争当時は10代だった。

戦争が一度つけた傷痕は、いつまでも人の記憶に残って消えることなく、
私たちの生活に留まり続ける。
ましてや、自分を守る壁を持たない子どもにとって、受ける衝撃は大人よりも大きい。
子どもの頃を思い出して欲しい。世界を受け止めることで精いっぱいだったことを。
逃げる術を知らない少年少女の身体は、戦争が生んだ怒りと哀しみを全て受け止める。

それを物語る子どもたちのまっすぐな瞳を、大人は直視できるだろうか。

子どもの未来にあるはずの幸福を奪うのは大人である。
“子どもの瞳から希望の光を奪わないこと”
それこそがわたしたち大人が約束するべき、優先するべき事柄なのではないだろうか。

亀も空を飛ぶ
LAKPOSHTHA HAM PARVAZ MIKONAND
TURTLES CAN FLY

(2004年 イラク・イラン 97分)
2008年8月23日から8月29日まで上映 ■監督・製作・脚本 バフマン・ゴバディ
■出演 ソラン・エブラヒム/ヒラシュ・ファシル・ラーマン/アウズ・ラティフ/アブドルラーマン・キャリム

これは、子ども時代を持たないまま、大人にならざるを得なかった若者たちについての映画―――バフマン・ゴバディ

2003年3月、米軍によるイラク侵攻が開始され、国境の小さな村に運命の時が訪れる。
荒廃した大地に生きる子どもたちの瞳が捉えた、戦争の本当。

2003年春、アメリカによるイラク侵攻が間近に迫ったころ。トルコ国境に近い、イラク北部クルディスタン地方の小さな村。イラン・イラク戦争、湾岸戦争などで荒廃したこの地方で、再び新たな戦争が始まろうとしていた。

戦争孤児で皆に“サテライト”と呼ばれる便利屋の少年ソランは、この村の子どもたちのアルバイトの元締めをしている。しかし、そのアルバイトは村を取り巻く土地にばらまかれた地雷を取り除くという危険な作業。地主から謝礼をもらい、地雷は「国連」に売るのだった。この危険な仕事で得るわずかな金が、子どもたちの大切な現金収入だった。

ある日サテライトは、赤ん坊を連れた難民の少女アグリンに恋をする。かたくなに心を閉ざす彼女には、両腕のない兄がいた。米軍の侵攻が刻々と迫る中、サテライトは彼が予知能力を持っていることに気付く。

この作品はまがいもないイラクの現在を映している。本作の撮影はすべて、イラクのクルディスタン地方で行われた。出演の子どもたちは、中部の都市スレイマニアや北部のバディニ地方から選ばれた。

2004年、スペインのサンセバスチャン国際映画祭でグランプリを受賞。その後も欧州、アジア、北南米各地の映画祭で28に及ぶ賞に輝き、2005年にはベルリン国際映画祭で「平和映画賞」を受賞した。

背景、イラン・イラク戦争末期のアンファール作戦

イラン・イラク戦争末期の1988年、米国等の支援を受け物量に勝るイラクが、イランに対して圧倒的な反攻を開始した。「アンファール作戦」とは、これと同時に行われた、イランの支援を受けたイラン国内のクルド人勢力への大規模な報復攻撃のことである。

この作戦により、正確な数字は今もって不明だが、イラン・トルコとの1200キロに渡る国境地帯に安全保障地帯を築くためにイラク・クルディスタンの4000の村々が破壊され、同時に18万人におよぶクルド人が殺害または強制連行されたといわれている。


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サラエボの花
GRBAVICA
(2006年 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ/オーストリア/ドイツ/クロアチア 95分) PG-12
pic 2008年8月23日から8月29日まで上映 ■監督・脚本 ヤスミラ・ジュバニッチ
■出演 ミリャナ・カラノヴィッチ/ルナ・ミヨヴィッチ/レオン・ルチェフ/ケナン・チャティチ

ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボのグルバヴィッツァ地区。シングルマザーのエスマは12歳の娘サラと二人で暮らしている。政府からのわずかな生活補助金と裁縫で得る収入だけでは生活が厳しいため、エスマは子供がいることを隠してナイトクラブでウエイトレスとして深夜まで働いている。

活発なサラは男子生徒に混じってのサッカーで、クラスメイトの少年サミルとケンカになる。仲裁に入った先生に「両親に来てもらう」と言われると「パパはいないわ。シャヒード(殉教者)よ。」と胸を張るサラ。サミルも紛争で父親を亡くしているという共通の喪失感から、二人は次第に近づいていく。

そんな中、サラの修学旅行の日が迫っていた。戦死したシャヒード(殉教者)の遺児は旅費が免除されるというのに、エスマはその証明書を出そうとしない。旅費を工面するために夜勤のウエイトレスまで始める母に、サラの苛立ちは募る。

真実を求める娘と、過去を打ち明けられない母。娘への愛のために母が心の奥深くひたすら隠してきた真実が、次第に明らかになってゆく。

2006年ベルリン国際映画祭で金熊賞(グランプリ)、エキュメニカル賞、平和映画賞を受賞し、さらにテッサロニキ国際映画祭を始め、多くの映画祭で高い評価を得た。

背景、ボスニア紛争と「民族浄化」

1992年、旧ユーゴスラヴィア紛争は、95年の(一応の)決着の間に、死者20万人、難民・避難民が200万人発生したと言われ、第二次世界大戦後のヨーロッパにおける最悪の紛争になった。サラエボはセルビア人勢力に包囲され、市民は長期間にわたる砲撃を受けた。グルバヴィッツァ地区は、セルビア人勢力に制圧されていた場所。そこでは戦争が引き起こす、多くの悲惨な出来事が起こった。

そのひとつが「民族浄化」と言われる、女性への集団レイプだった。この紛争では女性への暴力行為だけではなく、敵の民族の子どもを産ませることで所属民族を辱め、後世に影響を残すことが組織的に行われたのだ。男性や子どもは殺され、女性はその場で辱められ連行された例が多く、収容された女性は多くの兵士に乱暴され、妊娠すると本人の意思を問わず子どもを出産させられた。収容所での自殺や、子どもを殺した例もあるという。

(sone)


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