ニュー・シネマ・パラダイス
NUOVO CINEMA PARADISO
(1989年 イタリア・フランス 124分)
2008年2月16日〜2月22日まで上映 ■監督・脚本 ジュゼッペ・トルナトーレ
■音楽 エンニオ・モリコーネ

■出演 フィリップ・ノワレ/ジャック・ペラン/サルヴァトーレ・カシオ/マルコ・レオナルディ/アニェーゼ・ナーノ/レオポルド・トリエステ

■オフィシャルサイト http://n-c-p.jp/

★本編はカラーです。

映画監督として成功を収めたサルヴァトーレ・ディ・ヴィータ。ある夜、彼は故郷シチリアの母から電話があったという伝言を受けた。シチリアにはもう30年も帰っていない。伝言は、アルフレードが死んだから葬儀に来るように、との内容だった。アルフレード・・・その懐かしい名前の響き。サルヴァトーレは"トト"と呼ばれた少年時代を思い出しはじめる――

自分のすることを愛せ
子供の時 映写室を愛したように

第二次世界大戦の影響で疲弊したシチリア。ジャンカルドという小さな村にも戦争の爪あとが残る。瓦礫と化した家屋、資本主義者と共産主義者との確執、そして還らぬ男たち。トトの父親もまたロシア戦線から帰還することはなかった。

遺された母親は悲しみにくれるが、トトの表情には意外にも悲しみの色は少ない。大好きな映画と、ぶっきらぼうだが根は優しいパラダイス座の映写技師アルフレードの存在がトトを支えていたのである。

白く埃っぽい広場にのぞむパラダイス座。ジャンカルド村唯一の娯楽場だ。そこに集まる人々の表情は輝きに満ちている。人々は喜劇に笑い、メロドラマに泣き、一体となって映画を楽しみ、そして心から愛した。

スクリーンに映し出された光の元をたどると、ライオンの顔をかたどった映写窓。その奥は、魅惑の映画を次から次へと送り出す魔法の小部屋だ。トトは映写機を自在に操るアルフレードに憧れを抱いていくのであった…

監督はジュゼッペ・トルナトーレ。映画館をとりまく人生模様を、愛情とユーモア溢れる視点でノスタルジックに描き出した。

音楽はエンニオ・モリコーネ。一度聞いたら忘れられない美しい旋律は、耳にするだけでまぶたの裏に物語の名場面が浮かび、涙が頬を伝うよう。

かけがえのない友情や愛情、初恋の喜びや痛みに満ちあふれた美しき日々の物語。スクリーンでトトと出会うたび、忘れていたあの日の思いが甦り、まっすぐ自分と向き合える。何度でも観たい、素直にそう思える作品だ。(タカ)



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題名のない子守唄
LA SCONOSCIUTA
(2006年 イタリア 121分)
pic 2008年2月16日〜2月22日まで上映 ■監督・脚本 ジュゼッペ・トルナトーレ
■脚本 マッシモ・デ・リタ
■音楽 エンニオ・モリコーネ

■出演 クセニア・ラパポルト/ミケーレ・プラチド/クラウディア・ジェリーニ/ピエラ・デッリ・エスポスティ/アレッサンドロ・ヘイベル/クララ・ドッセーナ

北イタリアのアドリア海に臨む港町、トリエステ。トリエステ出身の詩人ウンベルト・サバは、故郷をこのように詠った。

トリエステには、棘のある
美しさがある。たとえば、
酸っぱい、がつがつした少年みたいな、
碧い目の、花束を大きすぎる手の少年、
嫉妬のある
愛みたいな。(*)

そのトリエステを舞台に今回ジュゼッペ・トルナトーレ監督が描いた作品は、慈愛と哀しみのミステリーだ。

見知らぬ女が長距離バスから降り立った。女の名前はイレーナ。イレーナは迷うことなくある高級レジデンスに向かう。そこで清掃員の仕事を得たイレーナは、向かい側のアパートに部屋を借り、ある家族の住む部屋を窓越しから見つめる。幸せそうな家族を見るその目はどこか哀しそうで、しかし強い意志を感じさせるものだった。

イレーナは何のためにここへやってきたのか?不穏な影を連れながら、物語は遡っていく−

終始まとわりつく、目をそむけてしまうほどの痛みと哀しみが私たちの胸を突き刺す。しかし顔を覆いながらも、一瞬たりとも見逃せないと思わせる映像の豊かさ、濃度は素晴らしいものだ。そしてそれを際立たせるエンニオ・モリコーネの美しい旋律。それは私たちに息つく暇を与えさせないどころか、まるで金縛りのように手足の機能を眠らせ、目と耳までも支配してしまう。映画が終わって暗闇が去ったとき、ようやく自分がジュゼッペの世界に引き込まれていたことに気が付くのだ。(木々)

*)ウンベルト・サバ『トリエステとひとりの女』(須賀敦子・訳)の“トリエステ”より、抜粋して掲載


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