ゆれる
(2006年 日本 119分)
2007年6月2日から6月8日まで上映 ■監督 西川美和
■原案・脚本 西川美和
■出演 オダギリジョー/香川照之/伊武雅刀/新井浩文/木村祐一/ピエール瀧

<猛の視線>

明日、母の一周忌で実家へ帰る。コンビニへ行くのにも車を飛ばさなければ行けない山の中の田舎村。あそこへ帰ると、視界が急にぼやける。ピントが浅いところで定まらないように、何を見ても何も目に入らない。兄はあそこで生まれてから今までを過ごし、生きている。これからもきっとそうだろう。去年帰った時、兄の目尻に深い皺を見つけて、何故か小便を漏らした後のように、だらしなく安心した。

兄ちゃんが居るから帰って来れる。この、蝉の抜け殻みたいなつまらない町に。

<稔の日常>

片田舎のガソリンスタンドで働き続けて、気が付いたらあっという間に30歳を通り過ぎていた。来る客は顔馴染みばかり。特別なことは何も起こらない。それでも、自分で言うのもなんだけど、仕事場では頼りにされている。恋人は居ない。仕事仲間で、子供の頃から遊んでいた智恵子との仲をよく冷やかされるけど、智恵子とはそんな仲ではない。まだ、今は。こんな俺は、東京から帰ってきた猛の眼には、どんな風に映っているんだろう。

昨日、智恵子が猛の車で一緒に帰った。

<智恵子の普通>

喋る。宙を噛む。笑う。口角を吊り上げる。ここで生きていくのに1ミリも勇気なんか要らない。決断力も。若さも、希望も。酸素を二酸化炭素に変えるだけでいい。明日、一年後、十年後、私は今日みたいにこのガソリンスタンドで働いているんだろうか。半径数センチの空気を掻き混ぜながら。目の前に居る、毒にも薬にもなれないようなこの人と…?

この人、何でこんなふうに笑えるんだろう。

 

深い緑の渓谷と、河の清流が日本画で描かれた風景のように美しい山間の田舎町。のどかで清々しい町の日常の中で、ある日起こった事件が、町に、事件の当事者である家族に、とりわけある二人の兄弟に、深い波紋を描いた。

pic東京で売れっ子カメラマンとして活躍する猛(オダギリジョー)は、母の一周忌に出るため、久々に実家に帰って来た。母のいない実家では、頑固な父と、温厚で真面目な兄・稔(香川照之)が待っていた。自分の仕事のほかに、亡き母に代わって家事をこなし、父の面倒まで見る稔。仕事も恋愛も、自由奔放な人生を送る猛とは正反対だが、なぜか猛は兄に、肉親であるということを抜いても、不思議な繋がりを感じていた。

母の一周忌を無事に終え、明日東京へ帰るという日、稔と猛、そして二人の幼なじみの智恵子(真木よう子)の三人は思い出に、吊り橋の掛かる渓谷を訪れた。吊り橋の上で、子供のようにはしゃぐ稔と、稔に誘われて橋の上にたたずむ智恵子。二人からは離れた茂みで、草花を撮っていた猛が、ふと吊り橋のほうを見た、その時。智恵子が、吊り橋から落ちた。吊り橋の上で呆然とうずくまる稔。

pic事故か。故意か。兄は智恵子を助けようとしたのか?それとも…猛の中で、今まで樹のように深く根を張り、確かな存在であったたった一人の兄という存在が、突然輪郭を持たない液状の化け物のように姿を変えていく。うねり、淀み、たゆたい、ゆれる。

そして、裁判の証言台に立った猛が選んだ言葉は、誰もが思いもよらないものだった。

(猪凡)



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フラガール
(2006年 日本 120分)
pic 2007年6月2日から6月8日まで上映 ■監督 李相日(『69 sixty nine』
■脚本 李相日/羽原大介
■出演 松雪泰子/豊川悦司/蒼井優/山崎静代/岸辺一徳/高橋克実

■日本アカデミー賞「作品賞」「監督賞」など計5部門受賞/キネマ旬報 日本映画ベスト・ワン

■あらすじと解説■

昭和40年。石炭の時代が終わりを告げようとする中で、炭坑の閉鎖が相次いでいる。本州最大の常盤炭坑も例に漏れず、大幅な人員削減が行なわれ、かつての隆盛は見る影もなくなっていた。そんな中、起死回生のプロジェクトとして、炭鉱の温泉を利用した「常盤 ハワイアンセンター」の建設が持ち上がった。目玉となるのは、フラダンスショー。

「求む、ハワイアンダンサー」という張り紙見た早苗(徳永えり)は親友の紀美子(蒼井優)を誘って練習場へ向かった。それは年中爪の中を炭で汚す生活から抜け出すチャンスなのだ。

集まった他の娘達は、初めて目にしたフラダンスの映像に驚き、「ケツ振れねえ」などと言って帰ってしまう。結局、残ったのは早苗と紀美子を含む4人だけ。前途多難な4人の前に、フラダンスの教師として元SKDの花形ダンサー・平山まどか(松雪泰子)がやってきた。当初はやる気もなく、高飛車な態度のまどかであったが、徐々に紀美子たちの熱意に負けて指導に力をいれはじめる。父親を解雇された娘たちも日に日にダンサーに加わっていく。やがて、レッスンを積んだフラガール達はハワイアンセンターのオープンに向けて宣伝キャラバンツアーに出るのだが…。

pic本作は実在した常磐ハワイアンセンター(現 スパリゾート・ハワイアン)の誕生秘話をもとに作られている。最も重要なダンスシーンの撮影の為に、松雪泰子は3ヶ月にわたる猛特訓を重ねた。また、蒼井優をはじめとするフラガール達は撮影の最中にもダンス特訓を行い、劇中のフラガールの成長と同様の成果を見せた。特殊な現像技法と、こだわりある美術は、昭和40年代の炭坑の雰囲気を見事に再現。深みのある色調がフラの華やかさも際立てている。監督は、これが初の「女性映画」となる李相日。これまでは勢いのある若者の姿を映し出してきたが、本作では老若男女が楽しめるエンターテインメントの王道に挑んだ。その確かな演出力は、まさに見事の一言である。

■推薦「フラガール・THE MOVIE」■

いわゆる「THE MOVIE」系の作品や、漫画やSF小説を原作にした作品など、近年の邦画は“娯楽大作”と銘打つ作品が増えてきたように思う。確かに、それらの作品はCGの多用・爆発炎上・大掛かりなロケ・高額な制作費等によって“娯楽大作”となっている。そして、全国大規模公開もあってか、それなりの集客をあげている。「何が映画で、何がテレビか?」あるいは「映画とテレビの優劣」を語るつもりはない。ただ、上記のような作品群に対して物足りなさを感じる時、「THE MOVIE」という点にクビをかしげたくなるのは筆者だけだろうか?

そこで、『フラガール』である。

ド派手なSFも爆発もサスペンスもない、炭鉱娘たちの物語である。それは「THE MOVIE」系作品とは対極といってもいいほど地味だ。けれども、ここに描かれている人と人の熱い交情。夢にかける思いと挫折。親子の反目と愛情は、観るものの感情を揺さぶるに違いない。監督と脚本家は、お涙頂戴になりそうな展開の一歩手前で巧みな省略を用い、伏線を用いた見事な構成力によってクライマックスへと物語を導いていく。特に、冒頭の松雪泰子のダンスシーンから続く、蒼井優のダンスシーンの反復は、役者の演技力と監督の演出力・構成力が合致して歴史に残る名場面となっている。

難しいことを考えずに観て、笑えて、泣けて、クライマックスではしっかりと高揚出来る完成度の高い娯楽作品。演出・演技・撮影・美術にいたる全ての要素が調和して「これぞ映画」と言いたくなる作品。それが「フラガール」なのである。

そう。THE MOVIEとはこういうことだ。

(Sicky)




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