百年恋歌
最好的時好 / THREE TIMES
(2005年 台湾 135分)
2007年9月1日から9月7日まで上映 ■監督 ホウ・シャオシェン
■脚本 チュー・ティエンウェン
■撮影 リー・ピンピン
■出演 スー・チー/チャン・チェン/メイ・ファン/ディ・メイ/リャオ・シュウチェン

■2005年カンヌ国際映画祭パルムドールノミネート

1981年、ヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞した『悲情城市』を始めとして、台湾の歴史を題材にした数々の作品を世に送り出してきたホウ・シャオシェン監督。2001年公開の『ミレニアム・マンボ』では、「現代を描くことがこれからの新しい挑戦だ」と発言したが、本作『百年恋歌』では、1911年、1966年、2005年と、約百年に及ぶ時の流れの中、各時代において、互いを想い合う男と女の姿を描く。

その三つ時代の男女を、一人三役、同じ男女の俳優が演じている。

女は、『ミレニアム・マンボ』に続きホウ・シャオシェン監督作二度目の主演となる女優、スー・チー。『ミレニアム・マンボ』ではまだ表情にあどけなさを残し、夕張の雪の中でつたない日本語を時折口にする姿がとてもつもなく可愛らしかった彼女。本作においては、アンニュイさを漂わせる歌手、妖艶な芸妓、恋の始まりに胸躍らせる瑞々しい若者、という幅広い三役を演じる彼女の、威厳と繊細さを併せ持つ存在に、観る者は惹きつけられる。

そして男は、エドワード・ヤン監督作『クーリンチェ少年殺人事件』でデビューし、その後ウォン・カーウァイなどアジアを代表する監督たちの作品に出演を続けてきた、チャン・チェン。彼が演じる三時代の三人の男たちは、皆寡黙である。その、想いを内に秘めた静謐な佇まいは、まわりの空間にゆっくりと滲み出、溶け込み、不思議な、確かな存在感を醸し出している。

二人の姿をとらえるリー・ピンビンのカメラは、あたかもホウ・シャオシェン自身の、人間を見つめる温かい眼差しそのものようだ。そしてその視線は、主演の二人のみならず、そのとき、その場所に、確かに存在した人間たち、ものたちをも包み込み、それらは全て、まるで命を吹き込まれたかのように、スクリーン上で繁々と芽吹き始めるのだ。ホウ・シャオシェンの映画において、画面に映るもの全てがこのように生き生きと輝くのは、彼の温かい視線というものが、あからさまな優しさを誇示する押し付けがましいものではなく、善悪などを超えた、人間の存在そのものを丸ごと受けとめ見つめる激しさをも併せ持つからであろう。

最好的時光ー。
我が人生最良のとき。

pic「それが最良なのは、一番良かった時代だからではなく、それはむしろ、永遠に失われてしまったからこそただ追憶するしかないからなのだ」(ホウ・シャオシェン 『百年恋歌』パンフレットより)

今、この瞬間は、二度と戻らない貴重なものでると誰もがわかっているはずなのに、そのことを実感できのは、もはや全てが過ぎ去った後であり、そのとき人間は、悲しくも自分の頭の中にある記憶の断片を慈しみながら拾い上げていくことしかできない。だが、この映画を観るとき、人は、かつて体験したことのある自らの人生の断片を、喜びと高揚を胸に、再び、そして新たに生きることができるのではないか。二人の俳優が、誰かを想うことの喜び、悲しみ、苦しみを感受し、ホウ・シャオシェンによって吹き込まれた三つの命を、力強く生きているように。

(はま)



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悲情城市
悲情城市 / A CITY OF SADNESS
(1989年 台湾 159分)
pic 2007年9月1日から9月7日まで上映 ■監督 ホウ・シャオシェン
■脚本 ウー・ニェンツェン/チュー・ティエンウェン
■音楽 立川直樹/チャン・ホンイー
■出演 トニー・レオン/シン・シューフェン/リー・ティエンルー/チェン・ソンヨン/カオ・ジエ

■1989年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞/1990年インディペンデント・スピリット賞外国映画賞ノミネート

80年代初頭、エドワード・ヤンらを中心に、台湾映画界に新風が巻き起こった。娯楽映画からの脱却、高い写実性、ありふれた日常の描写、禁止されてきた台湾語の使用…。 87年に、言論弾圧が強化された戒厳令の廃止され、その勢いに益々拍車がかかった。 自由、歓び、そして真実。それまで許されなかった作品たち。

新たな力を手に入れた監督たちは、それまで台湾に、世界中になかったものを多く生み出した。 台湾ニューシネマと称されたそれらの作品の最高峰、 エドワード・ヤンの『クーリンチェ少年殺人事件』。 そしてホウ・シャオシェンの『悲情城市』。

ニ・ニ八事件。
1947年2月28日、中国国民党官憲の横暴に対し、市民の怒りが爆発。抗議行動、暴動といった大規模な抵抗は、瞬く間に台湾全土に発展。第二次大戦後、日本から国民党に行政が引き継がれていく中で、民主主義を求めつづけた市民たちの運動。最終的には、鎮圧という名の大弾圧により2万人以上の犠牲者を生み、先述の戒厳令が発令された。今では公に評価されているこの戦いも、長い間タブー視されていた。

本作は、その二・二八事件を描いた初めての映画である。台湾の歴史を描いた映画でありながら、本作が制作されたこと自体が歴史そのものといえる。

1945年の終戦、ニ・ニ八事件、そして1949年の国民党政権樹立までの、正に激動の時代。 台湾市民たちは何を考え、いかに生きていたのか。全てとはいわないが、少なくともその一部がリアルに繊細に描かれている。そして「映画」が、人の心をここまで揺り動かすものであるということを改めて実感できる。

この作品で、ホウ・シャオシェンは世界の名監督の仲間入りを果たし、その後の作品にも注目が注がれることとなる。 市井の人々に対する優しいまなざし、美しく静かな自然の描写等、ホウ・シャオシェンらしさに溢れている作品である。他の作品と比べても共通点は多い。 しかし、明らかに『骨の太さ』が違う。徹頭徹尾、何にも屈しない、何にも平伏さないズ太い芯が通っている。 それはちょっとやそっとじゃ真似できない、彼の(彼らの=台湾人の)血脈。

ホウ・シャオシェンの映画人、そして台湾人としての誇りに満ちた大傑作。『悲情城市』。必見!

(オサム)



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