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ヴィム・ヴェンダース監督最新作『誰のせいでもない』の、主人公が図らずも関わってしまった事件(事故)を通して物語が駆動していく展開は、40年以上前の彼の商業映画デビュー作『ゴールキーパーの不安』と不思議に似通っています。しかし、最後まで孤独に(異様なほどダラダラと)逃避行を続けたゴールキーパーと違い、悲劇的な事故に関わってしまった本作の主人公の作家トマスは、その事故で息子を失ったケイトと同じく、長い年月をかけてそれを受けとめつつ懸命に生きていこうとします。

事件自体は悲劇的かもしれませんが、そこから派生する事態は悲劇と一筋縄で括れるものではありません。トマスは罪悪感に苦悩しながらも事故の記憶を優れた小説に昇華させますし、ケイトは喪失感に苦しみながらもそれを力強く乗り越えていきます。

被害者と加害者という単純な図式に収まり切らない、複雑な人間の感情を重層的に描き出すヴェンダースの成熟した繊細なタッチは、運命や責任に果敢に向き合う人間を描くようになった『パリ、テキサス』以降のヴェンダースの総決算という趣きも強く感じさせます。

一方、『ダゲレオタイプの女』の黒沢清監督は、初期から運命の残酷な論理を映像で表現することに意識的な映画作家です。それを端的に示すのは、彼の作品に度々登場する大掛かりで怪しげな機械です。ドライヤーの『吸血鬼』やジョルジョ・フェロー二『生血を吸う女』といった欧州の怪奇映画の記憶が色濃く反映されたそれらのマシーンは、一度作動すると私たちの運命を無慈悲に決定してしまう残酷な論理を体現しているようです。

フランスで撮られた『ダゲレオタイプの女』に登場する機械は、ダゲレオタイプという大がかりな写真撮影技法です。写真家ステファンはこの長時間モデルの身体を拘束する、写真史創世記の撮影技法で畢生の傑作を撮ることに固執しています。iPhoneで誰でも映像が撮れてしまう時代にあって、写真という芸術が本来もっていた禍々しく、倒錯的な官能美を現代に蘇らせようとするその様は、さながらSFホラーに登場するマッド・サイエンティストのようです。神に代わって生命を生み出そうとしたために罰せられたフランケンシュタイン博士のように、ステファンは彼のモデルをする娘のマリーや、助手のジャンをも巻き込んで破滅へと突き進んでいきます。

黒沢清の「機械もの」の集大成であり、さながら「黒沢清 グレーテスト・ヒッツ」とでもいうように、どこを切っても黒沢監督らしい作品ですが、怪奇映画の本場ヨーロッパのキャストとスタッフを得ることで生まれた映像は、怖いを通り越してひたすら美しく、薫り高い堂々たる怪奇ロマンとして見事に結実しています。

(ルー)

誰のせいでもない(2D上映)
EVERY THING WILL BE FINE
(2015年 ドイツ/カナダ/フランス/スウェーデン/ノルウェー 118分 DCP PG12 シネスコ) pic 2017年3月18日から3月24日まで上映 ■監督 ヴィム・ヴェンダース
■脚本 ビョルン・オラフ・ヨハンセン
■撮影 ブノワ・デビエ
■編集 トニ・フロッシュハマー
■音楽 アレクサンドル・デスプラ

■出演 ジェームズ・フランコ/シャルロット・ゲンズブール/マリ=ジョゼ・クローズ/レイチェル・マクアダムス

■2015年ベルリン国際映画祭金熊名誉賞受賞

©2015 NEUE ROAD MOVIES MONTAUK PRODUCTIONS CANADA BAC FILMS PRODUCTION GÖTA FILM MER FILM ALL RIGHTS RESERVED.

一つの事故。一人の男。三人の女。
誰のせいでもない
優しく聞こえるその言葉が
もっとも苦しくて そして切ない

pic 真っ白な雪に包まれたカナダ、モントリオール郊外。田舎道を走る一台の車。突然、丘からソリが滑り落ちて来る。車はブレーキをきしませて止まる。悲劇は避けられたかに思えたが…。誰のせいでもない一つの事故が、一人の男と三人の女の人生を変えてしまう。車を運転していた作家のトマス、その恋人サラ、編集者のアン、そしてソリに乗っていた少年の母ケイト。誰のせいでもない。優しく聞こえるその言葉の奥で、彼らの感情は揺れ動く。誰も責められない。誰も憎めない。苦しくて、切ない感情を抱きながら。これは、彼らの12年にわたる物語である。

人間の心の内側こそがサスペンス。
巨匠ヴィム・ヴェンダースが描く、
揺れ動く感情のランドスケープ。

pic監督は『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』などの名作や『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』などの大ヒットドキュメンタリーで知られる巨匠ヴィム・ヴェンダース。自らが発見したノルウェーの作家、ビョルン・オラフ・ヨハンセンのオリジナル脚本を得て、罪悪感と赦しというテーマを、時に繊細に、時に大胆に、心の奥をカメラで覗き込むようにして、人間の感情こそがいかにサスペンスフルかを描き出している。

pic 出演は、映画監督・作家としても活動するジェームズ・フランコ、自然体な中にミステリアスな魅力をかもしだすシャルロット・ゲンズブール、今もっとも注目される女優でナチュラルな輝きを放つレイチェル・マクアダムス、落ち着いた知性の内に秘めた葛藤を表現するマリ=ジョゼ・クローズと豪華な実力派が揃った。

今作は3D映画として撮影され、『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』で驚くべき3D映像を生み出したヴェンダースが、新たな3Dに挑戦している。(当館では2D上映となります。)

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ダゲレオタイプの女
LA FEMME DE LA PLAQUE ARGENTIQUE
(2016年 フランス/ベルギー/日本 131分 DCP PG12 シネスコ)
pic 2017年3月18日から3月24日まで上映 ■監督・脚本 黒沢清
■撮影 アレクシ・カヴィルシーヌ
■編集 ヴェロニク・ランジュ
■音楽 グレゴワール・エッツェル

■出演 タハール・ラヒム/コンスタンス・ルソー/オリヴィエ・グルメ/マチュー・アマルリック

■第41回トロント国際映画祭プラットフォーム部門正式出品

© FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma

愛が幻影を見せ、
愛が悲劇を呼ぶ。

pic写真家ステファンの助手ジャンはダゲレオタイプの撮影を通してモデルを務めるステファンの娘マリーに心を奪われる。しかし、その撮影は愛だけでなく苦痛を伴うものだった。写真家の狂気にも似た愛を受け止めてしまう娘。娘に心を奪われ、囚われの世界から救い出そうとする男。自ら命を絶った女の幻影を感じるパリ郊外の古い屋敷で、彼らの運命は少しずつ狂ってゆく…。

世界中に熱狂的なファンを持つ黒沢清監督が
初めて撮り上げたフランス映画。
クラシカルで端正な、これまでにないホラー・ラブロマンス

pic『岸辺の旅』で2015年カンヌ国際映画祭ある視点部門監督賞を受賞、『クリーピー 偽りの隣人』がベルリン国際映画祭で好評を博すなど、世界中で高く評価されている黒沢清監督。本作『ダゲレオタイプの女』は、オールフランスロケ、外国人キャスト、全編フランス語のオリジナルストーリーで挑んだ黒沢監督の初海外進出作品である。監督以外はキャストも含めすべてが現地スタッフの中、撮影は行われた。

pic主役のジャンを演じるのは、『預言者』でセザール賞主演男優賞のほか数々の映画賞を受賞したタハール・ラヒム。マリー役に『女っ気なし』で注目を集めたコンスタンス・ルソー。そして、ダルデンヌ兄弟作品で知られるオリヴィエ・グルメがダゲレオタイプの写真家を演じ、名優マチュー・アマルリックが脇を固めている。

こだわり抜いたロケーション、不穏な空気さえ映し込んだような画面。ホラーでいてクラシカルなラブロマンス。ジャンルも、生死も、国境も越えた、黒沢清にしか撮れない端正な傑作が誕生した。

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