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“僕が死んだ後、神様かえんま様の前に連れて行かれて、「お前は下界で何をしたんだ」と問われたら、真っ先にこの『海よりもまだ深く』を観せると思います”と是枝裕和監督が自信をのぞかせる『海よりもまだ深く』は、観る者の心にすっと入ってきて、温かい気持ちにさせてくれる映画です。

主人公の良多は15年前に文学賞を1度とったきり鳴かず飛ばず、いまは探偵事務所に勤めながらも、周りには「小説の取材だ」とうそぶいている中年男。客からの調査費を会社に黙ってチョロまかし、ギャンブルに負けては後輩社員から借金をする。おまけに別れた妻に新しい男ができると、探偵のスキルを活かして尾行するという始末。

そんなうだつの上がらない男を阿部寛が、ダメなんだけどなぜか憎めない、愛すべき人物として演じ、共感をさそいます。あの大きなカラダで、真木よう子演じる元妻に冷たくあしらわれている姿を観ていると、「頼む、どうにか幸せになってくれ!」と願ってしまうのです。そんな良多をいつでも温かく見守るのが、樹木希林演じる母・淑子。ダメ息子にブツブツ言いながらも、いつだって味方をする。母ならではの絶対的な愛にぐっと来てしまいます。

是枝監督は脚本の1ページ目に「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」と書いたそうです。「みんなが」というより「ほとんどの人が」なりたかった大人になれるわけではないかもしれません。誰にでも良多のような部分があるでしょう。だからこそ、多くの人の心に響く作品になっているのです。

つづいて『ふきげんな過去』も、ある家族の物語ですが、一風変わっています。18歳の夏。果子の元に、死んだはずの伯母・未来子が突然帰ってくる。しかも未来子は果子の本当の母親だと言うのです。あらすじだけだと、映画やドラマでよくある感じですが、実際に観ると、他に類を見ない個性的な映画だと分かります。主演の小泉今日子は「既視感みたいなものがまったくありませんでした」とコメントしています。監督は『ジ、エクストリーム、スキヤキ』の前田司郎監督です。

劇作家・小説家・脚本家と多方面で活躍する前田監督の持ち味はセリフの面白さ。本作でも個性的な登場人物たちの会話には、くすぐるような笑い(決して大笑いではない)がたくさん散りばめられています。そのやりとりだけでも面白いのですが、彼らが話していることはどこからどこまでが「本当」なのかイマイチ判然としません。現実と虚構が入り混じったような、地面から数ミリ浮いた世界のような不思議なテイストです。この世界観をぜひ味わってほしいなとおもいます。

また、主演女優である小泉今日子と二階堂ふみの演技も見逃せません。未来子という強烈な人物をドラマ「あまちゃん」で見せたようなサバサバしたキャラで演じるキョンキョンはぴたりとハマっているし、最近ではスクープを追う写真週刊誌記者、意識高い系就活生とさまざまなキャラクターを演じる二階堂ふみが、本作ではごく普通の女の子(常に不機嫌ということを除いては)を自然に演じているのも魅力です。ちなみに、本作での二階堂ふみのかわいさはベスト級だとおもいます。

秋も深まり、めっきり寒くなってまいりました。季節はずれのじわりと染みる、真夏の家族の物語2篇をどうぞお楽しみください。

(かわうそ)

ふきげんな過去
(2016年 日本 120分 DCP ビスタ) ふきげんな過去 2016年11月12日から11月18日まで上映
■監督・脚本 前田司郎 
■撮影 佐々木靖之
■音楽 岡田徹

■出演 小泉今日子/二階堂ふみ/高良健吾/山田望叶/兵藤公美/山田裕貴/大竹まこと/きたろう/斉木しげる/黒川芽以/梅沢昌代/板尾創路

©2016「ふきげんな過去」製作委員会

果子、夏、18歳。退屈すぎる毎日に、
突然現れた伯母・未来子――。

北品川の食堂「蓮月庵」で暮らす果子は、毎日が死ぬほど退屈でつまらない。けれどそこから抜けだして他に行くこともできず無為な夏を過ごしていた。ある日、果子たち家族の前に、18年前に死んだはずの伯母・未来子が、突然戻ってきて告げる。「あたし生きてたの」。戸籍も消滅している前科持ちの未来子。そして自分が本当の母親だというが…。

小泉今日子×二階堂ふみ×前田司郎
可笑しくも切ない、愛と孤独と成長の「ひと夏」の物語。

演劇・小説・ドラマ・映画など、ジャンルを飛び越え活躍するマルチプレイヤー前田司郎。三島由紀夫賞、向田邦子賞、岸田國士戯曲賞など錚々たる賞を受賞する前田が、『ジ、エクストリーム、スキヤキ』から満を持してオリジナル脚本で人間ドラマに挑んだ。人間同士の“わかりあえなさ”と“わかりあいたさ”、ここではない世界を求めては孤独になってしまう人たち。そんな登場人物たちの滑稽さを、真骨頂である巧みな台詞回しで操り、人間模様を浮き彫りにしながら観る者を独自の世界へと引き込んでいく。

主演の母娘役には小泉今日子と二階堂ふみ。未来子を連れ去りにくる謎の男・康則役に高良健吾、果子の甲斐性のない父親・タイチ役には板尾創路。そして『私の男』「花子とアン」で主人公の幼少期を演じた山田望叶がいとこのカナを演じる。さらに、シティーボーイズの大竹まこと、きたろう、斉木しげるが三人そろって出演。主題歌と音楽をムーンライダーズの岡田徹が担当した。個性豊かな豪華キャストとスタッフがほろ苦い夏へと誘い込む。

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海よりもまだ深く
(2016年 日本 117分 DCP ビスタ)
海よりもまだ深く2016年11月12日から11月18日まで上映
■監督・原案・脚本・編集 是枝裕和 
■撮影 山崎裕
■音楽・主題歌 ハナレグミ

■出演 阿部寛/真木よう子/小林聡美/リリー・フランキー/池松壮亮/吉澤太陽/橋爪功/樹木希林

©2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

なりたかった大人になれた?

海よりもまだ深く笑ってしまうほどのダメ人生を更新中の中年男、良多。15年前に文学賞を1度とったきりの自称作家で、今は探偵事務所に勤めているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳している。元妻の響子には愛想を尽かされ、息子・真悟の養育費も満足に払えないくせに、彼女に新恋人ができたことにショックを受けている。

そんな良多の頼みの綱は、団地で気楽な独り暮らしを送る母の淑子だ。ある日、たまたま淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。こうして、偶然取り戻した、一夜かぎりの家族の時間が始まるが――。

是枝裕和監督最新作!
夢見た未来と、少しちがう今を生きる大人たちへ贈る感動作。

世界に愛される是枝裕和監督が、特別な思いを込めて送り出すのは、“なりたかった大人”になれなかった大人たちの物語。叶わぬ夢ばかり追い続ける情けない男・良多を演じるのは、『歩いても 歩いても』の阿部寛。良多の元妻である響子を『そして父になる』の真木よう子、そして、良多の母を『奇跡』以降すべての是枝作品に出演している樹木希林が演じる。

さらに、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、橋爪功など実力派が脇を固める。これまでの是枝作品を彩ってきた俳優たちに初参加の顔ぶれが加わり、これ以上内キャスティングが実現した。主題歌と音楽を手がけるのは、カリスマ的人気を誇るハナレグミ。彼の楽曲が本作に深みと温かさを加えている。

夢見た未来と少し違う今を生きる“元家族”が教えてくれるのは、海よりもまだ深い、人生の愛し方――。笑いあり涙ありの、心に沁みる感動作が誕生した。

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