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国内での実写長編映画としては12年ぶりとなる岩井俊二の最新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』。観終わった瞬間、というか観ている最中から、心の中で「うわぁこの感じ」と叫ぶ自分がいた。『リップヴァンウィンクルの花嫁』を観て私が一番感動したのは、自分の映画の原体験に、岩井俊二の映画が影響していると気づいたことだ。忘れていた感覚を急激に思い出す感じがした。

初めて岩井俊二の映画を観たのは『スワロウテイル』。といってもリアルタイムは小学生だったので、作品自体は数年後にビデオか何かで観たのだが、公開中に劇中バンドのYEN TOWN BANDがテレビに出ていたのを強烈に覚えている。いつも見る歌番組に普通の歌手に混じって、まるで違う世界からやってきたみたいな“演技したままの”異質な雰囲気の人たちが映っていた。

『リリイ・シュシュのすべて』を観たのは高校1年の時。映画の少年少女たちと同世代の私にはあまりにも鮮烈だった。こわい、いたい、つらい、でも、わかる。見ないようにしていたけど知っている感情を絞り出されたようで、映画を観た日から、たぶん、性格がちょっとだけ暗くなった。それほど心酔してしまったのだ。

いま書いたことは、私の個人的な思い出だけれど、そういう“私の岩井俊二”というやつを持っている人が、日本の、いや世界の映画好きの中にはたくさんいるのではないだろうか。岩井俊二の映画を観ることは、ほかの映画とは何かが違う。単なる“鑑賞”ではなくある種の“体験”のようなものだと思う。

『リップヴァンウィンクルの花嫁』に出演している綾野剛(彼も岩井俊二の映画に多大な影響を受けたという)は、インタビューで「虚構の世界で僕たちはどこまで本当を見つけられるか」と述べているが、岩井俊二の映画の面白さはまさしく「虚構」と「リアル」の狭間にある。本物のようで本物じゃない。テレビ電話や隠しカメラを使った映像表現や、プロの俳優だけではない意外なキャスティングなど、虚構の物語に不思議なリアルが重なっていく。

ネットで知り合った男性と結婚してしまった女の子が直面する困難と、出会いや経験が綴られる『リップヴァンウィンクルの花嫁』。取り上げられるのは、出会い系、疑似家族、セックスワーカー、おカネと貧困など、どれもシビアで現代的な問題ばかり。なのにこの映画は純粋さを湛えている。残酷なのにピュアな、岩井俊二が投げかける2016年のおとぎ話だ。映画というつくりものの世界で“いま”を語ること。『リップヴァンウィンクルの花嫁』を観れば、岩井俊二の世界の魅力にもう一度出会うことができる。

(パズー)

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リリイ・シュシュのすべて
(2001年 日本 146分 35mm ビスタ/SR) pic 2016年10月22日から10月24日まで上映 ■監督・脚本 岩井俊二
■撮影 篠田昇
■音楽 小林武史

■出演 市原隼人/忍成修吾/伊藤歩/蒼井優/大沢たかお/稲森いずみ/市川実和子

©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

「僕にとってリリイだけがリアル」
過酷な日常を生きる14歳の少年少女の姿を
岩井俊二が痛切に描いた衝撃作

pic 田園が美しいある地方都市。中学二年の蓮見雄一は、かつての親友、星野にいじめられ、窒息しそうな毎日を送っている。唯一の救いはカリスマ的歌姫リリイ・シュシュの歌声だけ。自らが主宰するファンサイト「リリフィリア」の中にいるときだけが本当の自分でいられる瞬間だった…。

岩井俊二自らによるインターネット小説から生まれた衝撃の問題作。小林武史によるリリイ・シュシュのサウンドと、田園風景を包み込むドビュッシーのピアノ曲が流れるなか、インターネット、少年犯罪、いじめなど、現代的なテーマを内包し、少年の痛みと、焦燥、そして内面に隠れたイノセンスを鮮烈に描き出す。市原隼人、蒼井優ら、岩井演出によってその魅力を最大限に引き出された原石の少年少女たちが「十四歳」を演じた。

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スワロウテイル
(1996年 日本 149分 35mm R-15 ビスタ/SR)
pic 2016年10月25日から10月28日まで上映 ■監督・脚本 岩井俊二
■撮影 篠田昇
■美術 種田陽平
■音楽 小林武史
■歌 YEN TOWN BAND

■出演 三上博史/Chara/伊藤歩/江口洋介/アンディ・ホイ/渡部篤郎/山口智子/大塚寧々/桃井かおり

©1996 SWALLOWTAIL PRODUCTION COMMITTEE

ここは円の都、Yen Town
円で夢が叶う、夢の都。
今なお輝きを放つ、岩井俊二の代表作

picかつて“円”が一番強かった時代。一攫千金を求めて、日本へやって来た移民たちがいた。彼らの住む街は「円都(イェンタウン)」、彼らのことは「円盗(イェンタウン)」と呼ばれ、日本人たちは忌み嫌っていた。そんな街に、母親を亡くした少女がいた。名もなき少女は、歌手を夢見る娼婦・グリコに引き取られ“アゲハ”と名付けられる――。

pic 過去とも未来ともつかない架空の街を舞台に、不法滞在者たちが手にした成功と挫折を描いた寓話。英語、日本語、中国語が飛び交う無国籍感覚とスリリングな演出、撮影・篠田昇、美術・種田陽平によるスタイリッシュな映像など、今観ても色褪せない。また、劇中バンド「YEN TOWN BAND」は実際にCDデビューし、シングルはオリコン・チャート1位を記録する大ヒットとなった。

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リップヴァンウィンクルの花嫁
(2016年 日本 180分 DCP ビスタ) pic 2016年10月22日から10月28日まで上映 ■監督・原作・脚本 岩井俊二
■撮影 神戸千木
■音楽 桑原まこ

■出演 黒木華/綾野剛/Cocco/原日出子/地曵豪/和田聰宏/毬谷友子/佐生有語/夏目ナナ/金田明夫/りりィ

©RVWフィルムパートナーズ

「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」
七海、二十三歳の受難。
嘘(ゆめ)と希望と愛の物語。

pic 舞台は東京。派遣教員の皆川七海はSNSで知り合った鉄也と結婚するが、結婚式の代理出席をなんでも屋の安室に依頼する。新婚早々、鉄也の浮気が発覚すると、義母・カヤ子から逆に浮気の罪をかぶせられ、家を追い出される。

苦境に立たされた七海に安室は奇妙なバイトを次々斡旋する。最初はあの代理出席のバイト。次は月100万円も稼げる住み込みのメイドだった。 破天荒で自由なメイド仲間の里中真白に七海は好感を持つのだが――。

物事をあんまり考えず、感情を波立たせず、「人並み」に生きていたひとりの女性が、いろいろな出会いと経験を通して生まれ変わっていくという現代版「女の一生」。

picこれまでも女優たちの新たな魅力をスクリーンへと昇華させてきた岩井俊二が、本作の主演に迎えたのは黒木華。主役の七海は当初から彼女を主演に想定して書き起こされた。共演には綾野剛。『スワロウテイル』に強烈な影響を受けたという綾野が変幻自在な何でも屋、安室を怪演する。謎めいた七海の同居人、真白を演じるのはシンガーソングライターのCocco。その個性と存在感は圧倒的だ。

『リップヴァンウィンクルの花嫁』には、岩井俊二が描き続けてきた「女の子の冒険と成長の物語」という映像テーマに、格差やおカネの問題、自立すること、恋愛の多様なあり方など、現代社会がいま、そしてこれから抱え続けて行くだろう問題が響き続けている。

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