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『私が、生きる肌』の天才外科医ロベルと、『SHAME -シェイム-』の一流会社に勤めるブラントン。
社会的に認められ、何不自由の無い贅沢な暮らしを送り、全てを手にしたかのように見える二人の男。

それでも彼らには、何かが足りない。決定的な何かが。
彼らの目には安らぎがない。冷たいマスクの下でそれを必死に隠している。

彼らは“肌”に執着する。

ロベルはかつて失った妻の肌を創り出す。彼女を救えるはずだった、美しい、完璧な肌。
地下室にこもり、異常な研究に没頭している。

ブラントンの頭の中はセックスに支配されている。仕事が終わればひたすらに他人と肌を重ね、自慰に耽る。
女を見ては、服の下に隠された肌を想像する。

だが、本当の温もりは、“うわべの”肌では得られないことを私たちは知っている。
なぜなら、肌とは境界線であり、むしろ自分と他者とを隔てるものだからだ。

自分の時間すべてをそうして“肌”に費やす男たち。
異常な日常は、厳かさすら漂わせ、黙々と繰り返されてきた。
しかし、(彼らが住む家のように)完璧に防御された日々にも侵入者が訪れる。
ロベルの義弟セカと、ブラントンの妹シシー。
それはこれまで彼らが必死に避けてきたはずの、感情的で本能のままに生きる人間だ。
それでも、彼らはふたりを拒絶することはできない。
なぜなら、それは彼ら自身の姿でもあるからだ。
もしくは、彼らがなりたかった姿だろうか。
最も遠くて最も近い、いわば分身とも呼べる存在が現れた時、
男たちが懸命に築き上げてきた日常は脆くも崩れ去る。
押し殺してきたはずの感情や過去の記憶が溢れ出す。
そして、みるみるうちに露呈していく、“愛”への渇望。

そう、彼らは誰よりも愛を求めている。
得られるはずだった(もしかしたらかつては手にしていた)愛を。
氷のように冷え切った長い長い日々の中で、忘れかけていた愛への欲求が甦った彼らは、一体どうするというのだろう。
本当の温もりを得たいのに、得ることができないロベルとブラントン。
“愛の幻”を見ていた男たちの末路を、あなたの目で確かめてほしい。

(パズー)

SHAME -シェイム-
Shame
(2011年 イギリス 101分 R18+ シネスコ/SR) 2012年8月25日から8月31日まで上映 ■監督・脚本 スティーヴ・マックィーン
■脚本 アビ・モーガン
■撮影 ショーン・ボビット
■音楽 ハリー・エスコット

■出演 マイケル・ファスベンダー/キャリー・マリガン/ジェームズ・バッジ・デール/ルーシー・ウォルターズ/ニコル・ベーハリー

■ヴェネチア国際映画祭男優賞受賞/LA批評家協会賞男優賞受賞/ゴールデン・グローブ男優賞(ドラマ)ノミネート/英国アカデミー賞主演男優賞・英国作品賞ノミネート/インディペンデント・スピリット賞外国映画賞ノミネート ほか多数

愛なら、毎晩 ティッシュにくるんで
捨てている。

pic男は、自分のマンションに女を呼ぶ。金を払って、これからセックスをするところだ。男は、電車に乗っている。向かいの席の若い女を視線で誘っている。会社から帰宅した男は、パソコンでアダルトサイトを見ている。別の日、男は真夜中の空き地でセックスをしている。相手はバーで出会った行きずりの女だ。そう、この男は、仕事以外の時間のすべてをセックスに費やしている。

pic男の名前は、ブランドン。ここニューヨークで働き、洒落たマンションに一人で暮らし、外見的には魅力的と言っていい独身男性だ。だが、今日もブランドンは、誰かと恋に落ちることも、新しい趣味に目覚めることもなく、ただ黙々と勤勉にセックスと、セックスにまつわることに没頭している。そんなブランドンの日常に、突然変化が訪れる。恋人に捨てられた妹のシシーが、しばらく泊めてくれと、強引に押しかけてきたのだ。人との繋がりを一切持たず、喜怒哀楽の感情を排して生きてきたブランドン。転がり込んできた妹の存在が、彼のギリギリの均衡を崩していく――。

ハリウッドを発情させる新鋭監督が放つ、
2012年、最も完成度が高く、最も挑発的な超話題作!
本当の衝撃はその先に―。

その挑発的な題材と、口うるさい批評家をして「完璧だ!!」と言わしめた完成度で、台風の目として今年の賞レースを席巻した『SHAME−シェイム−』。その過激な描写により、各国で最も厳しい上映規制がかかり、日本でも<R18+>規制ですら上映許可が危うかったという 、超話題作がいよいよそのベールを脱ぐ。

pic現代社会が生んだ病、セックス依存症を抱えたブランドン。そんな彼のもとに突然転がり込んできた妹シシー。かつてこの兄と妹が属した家庭で、いったい何があったのか。そしてブランドンが、これほどまでにセックスを求める理由が何なのか。 いったい、ブランドンがセックスを隠れ蓑に、ひた隠しにする本当の〈シェイム〉とは?その明かされない〈シェイム〉を“感じる”ことができた時、あなたは他では決して得られない、稀有なる体験をすることになる。セックスの向こうにやがて浮かび上がる深遠なドラマへの共鳴─。本作の真の衝撃は、ここにある。


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私が、生きる肌
THE SKIN I LIVE IN
(2011年 スペイン 120分 R15+ ビスタ/SRD) 2012年8月25日から8月31日まで上映 ■監督・脚本 ペドロ・アルモドバル
■製作・脚本 アグスティン・アルモドバル
■製作 エステル・ガルシア
■原作 ティエリ・ジョンケ『私が、生きる肌』/『蜘蛛の微笑』(早川書房刊)
■撮影 ホセ・ルイス・アルカイネ
■音楽 アルベルト・イグレシアス
■衣装 ジャン=ポール・ゴルチエ

■出演 アントニオ・バンデラス/エレナ・アナヤ/マリサ・パレデス/ジャン・コルネット/ロベルト・アラモ/ブランカ・スアレス/スシ・サンチェス

■英国アカデミー賞外国語映画賞受賞/カンヌ国際映画祭パルム・ドールノミネート/ゴヤ賞(スペイン・アカデミー賞)最多16部門ノミネート/ゴールデン・グローブ外国語映画賞ノミネート/放送映画批評家協会賞外国語映画賞ノミネート/ヨーロッパ映画賞音楽賞・プロダクションデザイン賞ノミネート

あなたは、これを愛と呼べるか――

pic天才的な形成外科医ロベルは、画期的な人工皮膚の開発に没頭していた。彼が夢見るのは、かつて非業の死を遂げた最愛の妻を救えるはずだった“完璧な肌”を創造すること。あらゆる良心の呵責を失ったロベルは、監禁した“ある人物”を実験台にして開発中の人工皮膚を移植し、今は亡き妻そっくりの美女を創り上げていくのだった…。

アルモドバルが辿り着いた最高傑作であり、
誰も観たことのない究極の問題作。
バンデラスとの黄金コンビで贈る
魅惑の映像世界!

『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』『ボルベール〈帰郷〉』の“女性賛歌3部作”を始め、深遠にしてバイタリティ豊かな愛の物語を次々と世に送り出し、希代のストーリーテラーの地位を揺るぎないものとしたペドロ・アルモドバル。このスペインの巨匠が放つ『私が、生きる肌』は、かつて誰も観たことのない究極の問題作。愛に狂わされ、神をも恐れぬ禁断の実験に没頭する男と、このうえなく数奇な運命をたどるヒロインの姿を、めくるめく官能と戦慄に彩られた映像美の中に紡ぎ出す。これは崇高なる愛の奇跡か、狂気に駆られた悪魔の所業か。すべての答えは、この問題作のあまりにも数奇な全貌を見届けた観客に委ねられている。

アルモドバルの1982年作品『セクシリア』でデビューし、スペインを代表する国際的スターへとのぼりつめたアントニオ・バンデラスが、1989年の『アタメ』以来、巨匠との久々のコラボレーションを復活させたことも大きな話題である。ポーカーフェイスの裏に渦巻く激情を鬼気迫る存在感で伝え、観る者を終始圧倒し続ける。アルモドバルが新たなミューズに指名したのはエレナ・アナヤ。『この愛のために撃て』での妊婦姿の大熱演も記憶に新しい彼女が、本作の最も重要なモチーフである“肌”を惜しげもなく晒し、リスクを伴う難役を堂々と演じきった。そして『オール・アバウト・マイ・マザー』の名女優マリサ・パレデスが、本作の“観察者”というべきマリリアに扮し、母親の複雑な心情を表現しているのも見逃せない。



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