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ヤン・シュヴァンクマイエル

チェコ生まれの芸術家でシュルレアリスムの闘士。
映像作品のみならず、オブジェ、コラージュなど様々な分野での表現者。

今回は、初の長編作品となった『アリス』と、シュヴァンクマイエルのいかがわしい魅力が
存分に味わえる短編集を上映いたします。

身の回りの「もの」が動き出す世界。日常とイメージの融合、
実写とアニメーションが溶け合う境目のない世界。
非現実的でありながら現実の二階のような(地下のような?)不思議な世界へ、
あなたを連れ出してくれるでしょう。

その奇妙な魅力にとりつかれた人は、世界中に数多くいます。
だけど一方では、悪趣味だとか、気持ち悪いとかいう声も聞こえます。
彼の場合、それは褒め言葉としても多々使われるのですが・・・。
では、一体どんなふうに気持ち悪いというのでしょうか?

トラウマとモチーフ

彼の作品のなかで、しばしば登場するモチーフがいくつかあります。
食べ物、口のアップ、でろんと長い舌、食べるという行為。
食べ物として登場するものたちはちっともおいしそうじゃないし、
他人の口のアップというのも、そんな気持ちのいいものではありません。
だけど、シュヴァンクマイエルはそれを何度も何度も繰り返しカメラに映すのです。
彼は子供時代、食が細くて太れなかったため家族と離れて施設に入って、
無理やり食べ物を食べさせられたといいます。
昔から食べる事があまり好きではないようです。
食べるという行為は攻撃的だと言います。
そんな人が想像する食のモチーフ、気持ち悪くて当たり前です。
『アリス』に登場する、なんともいえない顔のうさぎが
歯をカッカッいわせながら食べるシーンは、気持ち悪いを一周して可愛かったですけれど。

もうひとつ例をあげるなら、地下室。 今回上映いたします短編集の中に、
『地下室の怪』という作品があります。
そして『アリス』にも地下室が登場します。
これもまた、シュヴァンクマイエルの子供時代の恐怖に関係します。

彼の実家には、『アリス』に登場したのと同じような地下室が実際にあって、
子供の頃そこにジャガイモを取りに行かされるのが本当に恐怖だったと語っています。
そのときは家出したいくらいだったと(ちょっと可愛いです)。
きっと、ものすごい想像力をはたらかせていたのでしょう。
想像力を鍛えていれば、その分恐怖に敏感になるのですから。

想像力がある限り、世界は完成しない

おそろしいと感じるということは、それだけ興味があるということです。
そして、興味があるということは頭の中の世界がどんどん拡がるということ。
シュヴァンクマイエル作品を観ていると、
自分の中の世界がたちまちふくらむ感覚がおきるのです。
エロティックでグロテスクで強烈なイマジネーションは、
観ている私たちの五感とさらに奥深くを
ざわざわと刺激して、もう快感なのか不快感なのかすら分からない・・・。

だがそれがいい!のです。 無意識の恐怖があるのだから、無意識の快感もあるのです。
『なんだか分からないけど好き』なのだから仕方がないのです。
わたしたちはアリスのように、どこまでもうさぎを追いかけて引き出しをこじ開けて、
次はどんな目に合うかも分からないのに絶対に扉を開けてしまうのです。
見たことのないものを、見たいから。

(リンナ)

ヤン・シュヴァンクマイエル

1934年、チェコスロバキア、プラハ生まれ。お父さんはショーウインドウ・ドレッサー、お母さんはお針子さん。8歳のクリスマスで初めて人形劇を披露。シュールレアリストの芸術家、アニメーション作家、映像作家&映画監督。

フィルモグラフィ

・シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック(1964)*短編
・J.S.バッハ─G戦上のアリア(1965)*短編
・石のゲーム(1965)*短編
・ナンバー(1965)*短編/未公開
・エトセトラ(1966)*短編
・棺の家(1966)*短編
自然の歴史(組曲)(1967)*短編
・庭園(1968)*短編
部屋(1968)*短編
・ヴァイスマンとのピクニック(1969)*短編
・家での静かな一週間(1969)*短編
・ドン・ファン(1970)*短編
・コストニツェ(1970)*短編
・ジャバウォッキー(1971)*短編
・レオナルドの日記(1972)*短編
・オトラントの城(1973〜79)*短編
・アッシャー家の崩壊(1980)*短編
地下室の怪(1982)*短編
対話の可能性(1982)*短編
陥し穴と振り子(1983)*短編
男のゲーム(1988)*短編
・アナザー・カインド・オブ・ラヴ(1988)*短編
アリス(1988)
・肉片の恋(1989)*短編
闇・光・闇(1989)*短編
・フローラ(1989)*短編
セルフポートレート(1989)*短編
・スターリン主義の死(1990)*短編
・フード(1992)*短編
・ファウスト(1994)
・悦楽共犯者(1996)
・オテサーネク 妄想の子供(2000)
・シュヴァンクマイエルのキメラ的世界(2001)*出演
・ルナシー(2005)

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シュヴァンクマイエル短編集 対話の可能性
THE COLLECTED SHORTS OF JAN SVANKMAJER
(1967年〜1989年 チェコスロヴァキアほか 計89分 スタンダード・MONO)

2009年4月25日から5月1日まで上映
『自然の歴史(組曲)』『部屋』『地下室の怪』『対話の可能性』『陥し穴と振り子』『男のゲーム』『セルフポートレート』『闇・光・闇』(計8作品)

チェコを代表するアート・アニメーションの巨匠
ヤン・シュヴァンクマイエルの短編傑作集

シュヴァンクマイエル監督の数ある短編作品の中から今回上映するのは、1967年から1989年までのあいだに製作された8作品。銅版画からアニメーション、実写にいたるまで、さまざまな表情を観ることができる、贅沢な89分です。

『自然の歴史(組曲)』
HISTORIA NATURAE
(1967年 9分)

巻き貝から爬虫類、鳥類を経て人類に至るまでの博物誌。銅版画、標本、生きた動物の映像が織り込まれる。

『部屋』
BYT
(1968年 13分)

部屋の中の哀れな男。壁穴を覗くと殴られ、椅子に座ると、椅子は逃げ出す。ルネ・マグリットを思い起こさせる不条理な世界。

『地下室の怪』
DO PIVNICE
(1982年 15分)

闇の地下室に降りてゆく赤い靴の少女。黒い猫、逃げ去るジャガ芋など奇怪な出来事の数々に少女の恐怖は極限に…。

『対話の可能性』
MOZNOSTI DIALOGU
(1982年 12分)

「永遠の対話」「情熱的な対話」「不毛な対話」の3部構成。様々な対話の形を描いた傑作。

『陥し穴と振り子』
KYVADLO,JAMA NADEJE
(1983年 15分)

拘束された主人公を今にも八つ裂きにせんとする巨大な振り子の刃や火炎など、不気味な殺人機械の数々。

『男のゲーム』
MUZNE HRY
(1988年 15分)

テレビでサッカー中継を観戦する男。熱狂のうちに選手の頭に列車が飛び込んだり、選手が次々にミンチにされて倒れてゆく。

『セルフポートレート』
SELF-PORTRAIT
(1988年 2分)

ヤン・シュヴァンクマイエル他3人のアーティストが、それぞれの作風でポートレートを描く。

『闇・光・闇』
TMA,SVETLO TMA
(1989年 8分)

部屋に光が灯される。部屋には一つの窓と二つの扉。始めに片方の手が部屋に入ってきて、次に目玉が二つ転がり込んでくる。次々に現れる身体の一部が接合されていき…。


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アリス
ALICE
(1988年 スイス・西ドイツ・イギリス 84分 スタンダード・MONO)

2009年4月25日から5月1日まで上映
■監督・脚本・デザイン ヤン・シュヴァンクマイエル
■アニメーション ベドリフ・グラセル
■原案 ルイス・キャロル 『不思議の国のアリス』
■美術 エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー/イジー・プラーハ
■出演 クリスティーナ・コホトヴァー

「目を閉じなきゃ。さもないと何も見えないのよ。」

森の中、少女アリス(クリスティーナ・コホトヴァー)は、座って川に小石を投げている。となりには女性がいて、静かに本を読んでいる。アリスがページをめくろうとすると、ピシャリと手をたたかれる。

アリスが言う。「アリスは思いました。私はこれから映画を観るのよ。子どもの映画よ。たぶんね。そうだわ、忘れたら大変!目を閉じなきゃ。さもないと何も見えないのよ。」

リンゴの芯や、ガラス器に入ったキャンディーや人形たちが雑然と置かれた部屋。ガラスケースに入っていたぬいぐるみの白ウサギが突然動き出す。白ウサギは手袋を付け、赤い外套を着て帽子をかぶり、ハサミを持ってケースを壊して去り、机の引き出しの中に入って行った。そのあとを追いかけ、アリスは引き出しの中へと入っていく…。

ヤン・シュヴァンクマイエルのめくるめく世界
現実?妄想?奇想イメージの氾濫!

シュヴァンクマイエル監督が3年の歳月をかけて作り上げた初の長編作品『アリス』。88年のベルリン映画祭でプレミア上映後、89年には日本で劇場公開された。

ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」を源泉に、実写と人形アニメーションを組み合わせたシュルレアル・ファンタジー。シュヴァンクマイエル監督お得意のモチーフがぎっしりと詰まった、初期の集大成とも言える傑作。


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